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幼稚園教育要領の歴史と今【第12回】幼稚園が、園の外へ|平成10年、生きる力の基礎と預かり保育

11 分前
読了時間: 14分

まずは解説動画をご覧ください(約25分)


▲ 平成10年(1998年)の幼稚園教育要領。目次は平成元年版と同じでも、中身は大きく動きました。「生きる力の基礎」、計画的な環境の構成、文字、そして地域の幼児教育センターと預かり保育。条文を並べて比べます。




目次は同じ。でも、中身が動いている

前回の第11回は、平成元年をたどりました。「環境を通して行う」ことが基本に据えられ、遊びが重要な学習と定義され、6領域が5領域になりましたね。倉橋惣三が恩物を竹籠に入れてから、72年後のことでした。

今回は、平成10年(1998年)です。今回も原文が読めます。文部科学省のサイトには、平成元年版と平成10年版の両方の全文が公開されています。ですから今回は、条文を並べて比べていきます。

変化は5つあります。


  1. 「生きる力」という言葉が入る

  2. 「計画的に環境を構成しなければならない」という段落が追加される

  3. 文字が入る

  4. 幼稚園が園の外へ出る

  5. 高齢者や障害のある幼児との交流が入る


特に3つ目と4つ目は、このシリーズの縦糸に直接ふれる変化です。


9年ぶりの全部改正

まず、告示の文面です。


幼稚園教育要領(平成元年文部省告示第23号)の全部を次のように改正し、平成12年4月1日から施行する。

平成10年 12月 14日、文部大臣 有馬朗人。文部省告示第174号です。

今回も「全部を改正」です。平成元年から平成10年まで9年。昭和39年から平成元年までが25年だったのに比べると、間隔がずいぶん短くなりました。

そして目次を見てください。第1章が総則、第2章がねらい及び内容(健康・人間関係・環境・言葉・表現)、第3章が指導計画作成上の留意事項。平成元年版と、まったく同じです。5領域も、章の構成も変わりません。

ここが今回のおもしろいところです。見出しが同じなので、一見すると大きな改訂ではないように見えます。でも、条文を並べると、はっきり違うんです。




変化①「生きる力の基礎」が入った

まず1つ目の変化、「生きる力」です。第1章の「2 幼稚園教育の目標」に、こうあります。


幼稚園は、幼稚園教育の基本に基づいて展開される幼稚園生活を通して、生きる力の基礎を育成するよう学校教育法第78条に規定する幼稚園教育の目標の達成に努めなければならない

そして、第2章の冒頭にもあります。


この章に示すねらいは、幼稚園修了までに育つことが期待される生きる力の基礎となる心情、意欲、態度などであり

この2か所です。平成元年版には、どちらの箇所にもこの言葉はありません。


小学校・中学校・高校と同じキーワード

用語のミニ解説をします。「生きる力」という言葉は、平成8年の中央教育審議会の答申で示され、平成10年から11年の学習指導要領の改訂全体をつらぬくキーワードになりました。小学校も、中学校も、高校も、同じ言葉で改訂されたんですね。

ここで押さえておきたいのは、幼稚園だけの話ではない、ということです。第10回でお話ししたとおり、昭和39年に、幼稚園教育要領は小・中・高校と同様に告示されました。そして平成10年、小・中・高校と同じキーワードで、同じ時期に改訂されたわけです。学校教育の一員として、歩調を合わせている。これは、第8回で幼稚園が「学校」になったことの帰結だと言えると思います。

ただし、「生きる力の基礎」です。幼稚園は、生きる力そのものを育てる場ではなく、その基礎を育てる場だ、と書かれているんです。 この「基礎」の一語に、線引きが残っているわけですね。




変化②「計画的に環境を構成しなければならない」

2つ目の変化です。第1章「1 幼稚園教育の基本」の終わりに、平成10年版では1つの段落がまるごと追加されています。


その際、幼児の主体的な活動が確保されるよう幼児一人一人の行動の理解と予想に基づき、計画的に環境を構成しなければならない。この場合において、教師は、幼児と人やものとのかかわりが重要であることを踏まえ、物的・空間的環境を構成しなければならない。また、教師は、幼児一人一人の活動の場面に応じて、様々な役割を果たし、その活動を豊かにしなければならない。

平成元年版に、この段落はありません。

ここは、第11回との関係で読んでいただきたいところです。平成元年は「環境を通して行うものであることを基本とする」と書きました。倉橋惣三から72年かかって、思想が制度になった瞬間でしたよね。

では平成10年は何を書いたのか。「では、どう構成するのか」です。3つ書かれています。

  1. 幼児一人一人の行動の理解と予想に基づくこと

  2. 物的・空間的環境を構成すること

  3. 教師が場面に応じて、様々な役割を果たすこと


環境構成は、思いつきではない

少しかみくだきます。環境構成は、思いつきではない、ということです。

子どもたちがどう動くかを理解し、予想する。そのうえで、物の置き方と空間の使い方を決める。そして教師自身も、環境の一部として役割を変える。今の環境構成の研修でお話しする内容と、ほぼ同じです。平成10年に、もう書かれていたわけですね。

年

文書

言葉

大正6年

倉橋惣三

環境を構成する

昭和22年

学校教育法 第七十七条

適当な環境を与えて

平成元年

幼稚園教育要領

環境を通して行うものであることを基本とする

平成10年

幼稚園教育要領

計画的に環境を構成しなければならない

第11回でお見せした3段の年表に、平成10年が4段目として加わります。平成元年が理念を示し、平成10年が方法を示した。理念から、方法へ、ということですね。




変化③ 文字が入った|でも「教えてよい」ではない

3つ目の変化です。ここは、今回いちばん慎重にお伝えしたい箇所です。文字が入りました。3つの条文を並べます。

条文

平成元年版

平成10年版

環境 ねらい(3)

物の性質や数量などに対する感覚を豊かにする

物の性質や数量、文字などに対する感覚を豊かにする

言葉 内容(10)

簡単な標識や文字などに関心をもつ

文字などで伝える楽しさを味わう

言葉 内容の取扱い

文字に関する系統的な指導は小学校から行われるものであるので、幼稚園においては直接取り上げて指導するのではなく、個々の幼児の文字に対する興味や関心、感覚が無理なく養われるようにすること

幼児が日常生活の中で、文字などを使いながら思ったことや考えたことを伝える喜びや楽しさを味わい、文字に対する興味や関心をもつようにすること

1つ目、環境のねらいに「文字」が加わりました。2つ目、言葉の内容は「関心をもつ」から「伝える楽しさを味わう」に変わりました。

そして3つ目が、いちばん大きな変化です。第11回で、私はこの平成元年版の条文を「4つ目の線引き」としてご紹介しました。平成10年版では、「小学校から行われるものであるので」という一節が削られています。そして「直接取り上げて指導するのではなく」という制限の言葉も、なくなりました。


主語は子ども、目的は「伝えること」

ここで、必ずお伝えしたいことがあります。これは、文字を教えていいという意味ではありません。

条文をもう一度読んでください。平成10年版が書いているのは、「思ったことや考えたことを伝える喜びや楽しさを味わい」です。主語は子どもです。そして目的は、伝えることです。文字を覚えることではありません。言葉の内容(10)も同じです。「文字などで伝える楽しさを味わう」。読み書きができるようになる、とは書かれていないんですね。

少しかみくだきます。文字は、表現の道具として位置づけられたわけです。お手紙を書きたい。看板を作りたい。自分の名前を書いてみたい。そういう気持ちが子どもから出てきたとき、それを大切にしてください。そう読むのが正しいと思います。

念のため、もう一度。系統的な文字指導が認められたわけではありません。五十音順に書き方や書き順を教える、書き取りの宿題を出す。そういう話とは、まったく別のことが書かれています。




変化④ 地域の幼児教育センターへ

4つ目の変化です。ここが今回のタイトルの理由です。第3章「2 特に留意する事項」の(5)です。


幼稚園の運営に当たっては、子育ての支援のために地域の人々に施設や機能を開放して、幼児教育に関する相談に応じるなど、地域の幼児教育のセンターとしての役割を果たすよう努めること

平成元年版に、この項はありません。新設です。

読み直してみてください。「地域の人々に施設や機能を開放して」。園に通っている子どもの保護者だけではありません。地域の人々です。そして「幼児教育に関する相談に応じる」。園児の相談ではなく、幼児教育の相談です。

地域の幼児教育のセンター。 平成10年に、この言葉が入りました。

少しかみくだくと、幼稚園の仕事は、園の中の子どもを保育することだけではなくなった、ということです。園庭を開放する。未就園児の親子が集まる場をつくる。子育ての相談を受ける。今多くの園がやっていることの根拠が、ここにあります。


閉じた場所から、地域に開く場所へ|122年

そして、このシリーズを見てきた方に気づいていただきたいことがあります。

第2回でお話ししたとおり、明治9年の日本最初の幼稚園は、園児の大部分が上流階級の子女でしたよね。第4回では、明治30年、小学校1年生のうち幼稚園を修了していたのは約1%でした。

幼稚園は長いあいだ、限られた子どものための閉じた場所だったんですね。それが平成10年、地域に開くことが求められた。明治9年から、122年かかっています。




変化④の続き:預かり保育の根拠

そして、同じ第3章「2 特に留意する事項」の(6)です。これが、預かり保育の根拠規定です。


地域の実態や保護者の要請により、教育課程に係る教育時間の終了後に希望する者を対象に行う教育活動については、適切な指導体制を整えるとともに、第1章に示す幼稚園教育の基本及び目標を踏まえ、また、教育課程に基づく活動との関連、幼児の心身の負担、家庭との緊密な連携などに配慮して実施すること

この項も、平成元年版にはありません。

用語のミニ解説をします。「教育課程に係る教育時間」。第1章に、幼稚園の1日の教育時間は4時間を標準とすること、と書かれています。その4時間が終わったあと、という意味です。4時間のあとも、園にいられるようになったわけです。

そして、条文が求めている配慮を見てください。3つあります。


  1. 適切な指導体制を整えること

  2. 第1章の幼稚園教育の基本及び目標を踏まえること

  3. 教育課程に基づく活動との関連、幼児の心身の負担、家庭との緊密な連携に配慮すること


「幼児の心身の負担」。ここは大事だと思うんです。長く預かればいい、という話ではありません。子どもにとって負担になっていないかを見なさい、と書かれています。


明治15年から116年|幼稚園が自分で引き受けた

第4回を思い出してください。明治15年 12月、文部卿は各府県の学務課長に対して、簡易な編制の幼稚園を設け、「貧民力役者等の子どもで、父母がその養育を顧みる暇のない者」を入れるようにすべきである、と示していました。

働かなければ食べていけない家庭の子どもは、別の場所へ。それが、二層構造の始まりでしたね。

明治15年から平成10年までの116年。幼稚園が、自分でその役割を引き受け始めたわけです。

もちろん、預かり保育と保育所は同じものではありません。制度も、対象も、時間も違います。でも、4時間で帰る子どもの家庭だけを前提にしていた幼稚園が、そうでない家庭を視野に入れた。これは大きな転換だと思います。




変化⑤ 高齢者・障害のある幼児との交流

5つ目の変化です。領域「人間関係」の内容(12)です。


高齢者をはじめ地域の人々など自分の生活に関係の深いいろいろな人に親しみをもつ

平成元年版では、ここは「近隣の人々など」でした。「高齢者をはじめ」が加わったわけです。

そして、第3章 2の(3)です。


盲学校、聾学校、養護学校等の障害のある幼児との交流の機会を積極的に設けるよう配慮すること

これも、平成元年版にはありません。

2つを並べると、何が見えるでしょうか。子どもが出会う相手が広がっているんですね。先生と友だち。そこに高齢者、そして障害のある幼児。先ほどの「地域の幼児教育センター」と同じ方向を向いた変化だと思います。園が地域に開かれ、子どもが出会う人が増える。

なお、この時期の障害のある幼児との交流は、「交流の機会を積極的に設ける」という書き方です。今の要領は、障害のある幼児への指導そのものについて、より踏み込んだ規定になっています。ここは時代による変化として押さえておいてください。

そして学校の名前です。盲学校、聾学校、養護学校。これは平成19年に、特別支援学校へ一本化されます。平成10年の条文は、その前の姿を残しているわけです。




今日のまとめ


  1. 平成10年 12月 14日、文部省告示第174号。平成元年の告示第23号の全部を改正し、平成12年 4月 1日から施行されました。章の構成と5領域はまったく同じ。でも、中身が動きました

  2. 「生きる力の基礎」という言葉が2か所に入りました。小・中・高校と同じキーワードで、同じ時期に改訂されたわけです。ただし幼稚園は、生きる力そのものではなく、その基礎を育てる場だと書かれています

  3. 「計画的に環境を構成しなければならない」という段落が追加されました。平成元年が理念を示し、平成10年が方法を示したわけです

  4. 幼稚園が園の外へ出ました。地域の幼児教育のセンターとしての役割、そして預かり保育の根拠規定です


文字については、条文が変わりました。ただし、系統的な指導が認められたわけではありません。文字は、伝えるための道具として位置づけられた。そう読むべき変化です。

ひとことで言うと、こうなります。

平成10年、幼稚園は地域の幼児教育センターとしての役割と、預かり保育の根拠を得た。明治15年に別の場所へ送られた子どもたちを、116年後、幼稚園が引き受け始めた。




次回は平成20年、幼稚園が学校の並びの先頭へ

次回の第13回は、平成20年の改訂です。このシリーズでいちばん大きな出来事が起きます。

平成18年に教育基本法が改正され、平成19年に学校教育法も改正されます。そして、幼稚園に関する条文が、学校の並びの最初に移ります。

覚えていらっしゃいますか。第8回でお話ししたとおり、昭和22年の学校教育法 第一条は、「小学校、中学校、高等学校、大学、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園」でした。幼稚園は、いちばん最後だったんですね。それが、いちばん前になるんです。

そしてもう1つ。平成20年 3月、保育所保育指針が告示になります。第10回でお話しした44年の差が、ここで埋まります。




収録を終えて

明治や大正、昭和の初めのころは、今の幼児教育から少し離れていたので、とっかかりにくかったかもしれません。私も解説しながら、そう思っていました。でも、直近になってくると、すごく現実味が出てきますね。

この時期から、少しずつ「地域に開かれる」ということがキーワードになってきました。

そして「生きる力の基礎」。保育所保育指針の中にも「生きる力の基礎」という言葉が出てきます。文字を書く、計算をする、という小学校のことを先取りしてやるのではなく、文字を書く楽しさ、伝える楽しさをつくっていく、ということでした。とてもおもしろい内容だったのではないかと思います。

次回は、平成20年、2008年の改訂です。今から18年前、幼稚園が学校の並びの先頭になったお話です。




「預かり保育や地域の子育て支援を、職員が『本来の仕事の外』と感じている」園長・主任の先生へ

平成10年の要領は、幼稚園に「地域の幼児教育のセンター」としての役割を求め、預かり保育の根拠を書きました。今では多くの園が、未就園児の親子の受け入れや、預かり保育を行っています。

ただ、園の中には、それを「担任の仕事のついで」「本来の保育とは別のもの」と受け止めている職員もいるかもしれません。要領がなぜそれを求めたのか、「幼児の心身の負担」に配慮するとはどういうことかを、職員どうしで言葉にできていないと、地域に開く仕事は、ただの負担になってしまいます。 すずらんチャイルドケアの保育士等キャリアアップ研修は、オンデマンドの講義と、全国の保育者と語り合うZoomの交流を組み合わせた研修です。

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