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幼稚園教育要領の歴史と今【第10回】昭和39年、幼稚園教育要領は告示で基準に|保育所保育指針との差は44年

10 分前
読了時間: 17分

まずは解説動画をご覧ください(約28分)


▲ 昭和39年、幼稚園教育要領が告示になった年に何が起きていたのかを、一次資料とともにたどります。


1964年といえば、東京オリンピックの年です。

その同じ年、幼稚園の世界では、2つの大きなことが起きていました。

1つは、幼稚園教育要領が「告示」になったこと。手びきから「基準」へと性格が変わり、法的な力を持つようになりました。

もう1つは、国が自分で手当てをしたことです。領域が小学校の教科と誤解されないよう、要領の中に説明を書き込みました。

そして今回は、姉妹シリーズ「保育所保育指針の歴史と今」をご覧の方に、いちばん重いことをお伝えする回でもあります。




前回のおさらい:6領域は小学校の教科とそっくりだった

前回の第9回では、昭和31年(1956年)をたどりました。日本で最初の幼稚園教育要領が生まれ、「領域」という言葉が誕生した年です。

健康、社会、自然、言語、音楽リズム、絵画製作。この6領域です。

ただ、そこには問題もありました。当時の学会誌が書いていたとおり、この区分は形式の上では小学校の教科と同じようにしてありました。

小学校の教科

幼稚園の領域

国語

言語

理科

自然

体育

健康

算数

(なし)

算数がないだけで、小学校の低学年と対応していたんですね。

そして研究者自身が、こう警告していました。


類似してはいるが決して同一ではないし、また同様に考えてもならない

今回は、その8年後のお話です。




昭和39年 3月 23日、幼稚園教育要領が告示に

まず事実を確認します。

昭和39年 3月 23日、文部省告示第69号。

目次は次のとおりです。

章

中身

第1章 総則

1 基本方針/2 教育課程の編成

第2章 内容

健康、社会、自然、言語、音楽リズム、絵画製作

6領域は変わっていません。

では、文部省がまとめた『学制百年史』は、この改訂をどう記しているでしょうか。


三十九年度には、それまでの経験や研究の結果を生かして、教育課程の編成や指導計画の作成をよりいっそう適切にするために「幼稚園教育要領」の改訂を行ない、小・中・高校と同様、文部省告示をもってこれを公示し現在に至っている。

注目していただきたいのは「小・中・高校と同様」という一句です。短い言葉ですが、とても重い意味があります。

第8回を思い出してください。昭和22年(1947年)、学校教育法によって幼稚園は「学校」になりました。戦争が終わって2年後のことです。

さかのぼると明治12年(1879年)の教育令では、幼稚園は書籍館(しょじゃくかん)、つまり今でいう図書館と同じ並びに置かれていました。そこから68年かけて、ようやく学校になったわけです。

そして今回の昭和39年、幼稚園教育要領は小・中・高校の学習指導要領と同じく、告示という形をとりました。名前が「学校」になっただけでなく、扱いも同じになったということです。




「告示」とは何か|手びきから基準へ

では、告示とは何でしょうか。

告示とは、国の機関が決めたことを、官報で公に知らせる形式です。大事なのは、法令の一部として法的な効力を持つという点です。

根拠になる条文もあります。学校教育法施行規則の第76条です。


幼稚園の教育課程については、この章に定めるもののほか、教育課程の基準として文部大臣が別に公示する幼稚園教育要領によるものとする。

「教育課程の基準として」、そして「よるものとする」。参考にしてください、ではなく、これに拠りなさい、と書かれているわけです。

ここで、幼稚園の保育内容を示した国の文書を3つ並べてみます。

年

文書

性格

昭和23年(1948年)

保育要領

試案(試しの案。いわゆる手びき)

昭和31年(1956年)

幼稚園教育要領

文部省が編集・刊行した刊行物

昭和39年(1964年)

幼稚園教育要領

文部省告示(基準)

手びきから基準へ。16年で、文書の性格がまったく変わりました。


「幅を渡す」流れが、ここで反転した

このシリーズで追いかけてきた流れを、少し振り返らせてください。


  • 第5回:明治44年、「40人以下」が「約40人以下」になりました。現場に幅を渡す一文字でした

  • 第6回:大正15年、保育項目に「等」が入りました。現場が工夫できる余地を残すためのものでした

  • 第8回:昭和23年の保育要領は「試案」でした


国が現場に幅を渡す流れが、3回続いていたんですね。

それが昭和39年に反転します。要領が「基準」になったのです。

これを国による締めつけと読むこともできます。ただ、前回お話ししたことを思い出してください。現場のほうが「具体的に示してほしい」と求めていたのです。




改訂の4つの観点|カギは「独自性」

この改訂はどういう観点で行われたのか。研究の整理によると、次の4つです。


  1. それまでの実施の経験に即すこと

  2. 幼稚園の教育課程の基準として確立すること

  3. 幼稚園教育の独自性について一層明確化すること

  4. 教育課程の構成について基本的な考え方を明示すること


この4つの観点で、全面改訂が行われました。

注目していただきたいのは3つ目の「独自性」です。幼稚園の教育は、ほかとは違う。それをはっきりさせようとしたわけです。

では、何と違うのか。小学校です。

前回お話しした問題を覚えていらっしゃいますか。6領域が小学校の教科とそっくりで、研究者から「現場に混乱をもたらした」と評価されていた、あの問題です。

国は、そこに手を打ちました。




領域は変えず、「性格」を書き込んだ

昭和39年の改訂で、6領域は変わりませんでした。変わったのは、その性格の説明です。

研究には、こう記されています。


1956年の幼稚園教育要領と同様に6領域で表されている。しかしながら、小学校以降の教科との誤解を避けるため、各領域に示す事項は「相互に密接な関係があり、幼児の具体的、総合的な経験や活動を通して達成されるものである」とその性格を明示しており、幼稚園生活を通して総合的に達成されることとして説明された

ここは、じっくり味わっていただきたいところです。

「小学校以降の教科との誤解を避けるため」。国が自分で、そう書いているんですね。

前回の第9回で紹介した、昭和31年の学会誌の言葉を思い出してください。


小学校の教科と幼稚園の経験領域の区分とは類似しているが決して同一ではないし、また同様に考えてもならない

この警告が、8年後に要領の本文へ書き込まれたわけです。


領域は「教える単位」ではなく「見るための窓」

少しかみくだいてみます。そもそも領域とは何でしょうか。

領域は、教える単位ではありません。子どもの姿を見るための窓です。

たとえば、子どもが砂場で遊んでいるとします。


  • 「健康」の窓から見れば、体を動かしている姿が見えます

  • 「社会」の窓から見れば、友だちと順番を譲り合う姿が見えます

  • 「自然」の窓から見れば、砂の感触や水の流れに気づいている姿が見えます


活動は1つ。でも、見る窓は6つあるということです。

「相互に密接な関係があり、幼児の具体的、総合的な経験や活動を通して達成される」。この一文が言っているのは、そういうことだと思います。




「望ましい経験」から「ねらい」へ

昭和39年の改訂には、もう1つ大きな変化がありました。


昭和31年版:具体的な「望ましい経験」

昭和31年版では、各領域に「望ましい経験」が示されていました。たとえば領域「健康」では、こう並んでいます。


  1. 健康生活のためのよい習慣をつける(清潔、食事、排便、衣服、運動、休息)

  2. いろいろな運動や遊びをする

  3. 伝染病その他の病気にかからないようにする

  4. 設備や用具をたいせつに扱い、じょうずに使う


分かりやすいですよね。具体的です。現場の「具体的に示してほしい」という声に、まさに応えた形でした。

ところが研究は、こう指摘しています。


「望ましい経験」として、このように幼児の行動が具体的かつ端的に羅列されていてわかりやすいが、限定的に示されているため、このような幼児の姿が見られるように教師主導の保育がなされるのではないかと懸念される

具体的に書けば書くほど、そのとおりにさせようとしてしまう。これは、今の保育現場でも起きることではないでしょうか。


昭和39年版:子どもの中に育ってほしい「ねらい」

そこで昭和39年版では、「望ましい経験」ではなく「ねらい」という形になりました。

たとえば領域「自然」のねらいは4項目あり、次のような書き方です。


身近な動植物を愛護し、自然に親しむ。
身近な自然の事象などに興味や関心をもつ。

比べてみてください。

昭和31年版「望ましい経験」

昭和39年版「ねらい」

伝染病その他の病気にかからないようにする

身近な動植物を愛護し、自然に親しむ

大人が子どもに「させること」

子どもの中に「育ってほしいこと」

文の主語が変わっているんですね。

何かを経験させることから、何かを目指すことへ。今の幼稚園教育要領が「ねらい」と「内容」で構成されているのは、実はここから始まっています。




告示と通知|保育所保育指針が基準になるまで44年

ここからは、姉妹シリーズ「保育所保育指針の歴史と今」をご覧の方に、特に聞いていただきたいお話です。もちろん、幼稚園の先生方にもぜひ知っておいていただきたい事実です。

昭和39年、幼稚園教育要領が告示になりました。その翌年、昭和40年(1965年)8月に、保育所保育指針が初めて策定されます。

ここに大事な違いがあります。


幼稚園教育要領

保育所保育指針

形式

文部省告示(昭和39年)

厚生省の局長通知(昭和40年)

位置づけ

教育課程の基準。「これによるものとする」

保育所保育のガイドライン。「あくまで参考とするもの」

保育所保育指針は、昭和40年に保育所保育のガイドラインとして制定されました。別の資料には、もっとはっきりと、それまでの保育所保育指針は通知であり、あくまで参考とするものだった、と書かれています。


保育所保育指針が告示になったのは平成20年

では、保育所保育指針はいつ告示になったのか。

それは平成20年(2008年)3月です。3度目の改定で、厚生労働大臣による告示として、規範性を持つものになったと記録されています。そして平成21年度からは、指針に基づく保育所の指導監査が行われるようになりました。

年

出来事

昭和39年(1964年)

幼稚園教育要領が文部省告示に

昭和40年(1965年)

保育所保育指針が初めて策定(局長通知)

平成20年(2008年)

保育所保育指針が厚生労働大臣告示に

幼稚園教育要領が基準になってから、保育所保育指針が基準になるまで、44年かかっているのです。


これは優劣の話ではありません

ここで誤解のないように申し上げておきます。これは優劣の話ではありません。

幼稚園は学校教育法の世界にあり、教育課程の基準という考え方があります。保育所は児童福祉法の世界にあり、児童福祉施設の最低基準という、別の枠組みの中にありました。

拠って立つ法律が違えば、文書の形式も違ってくる。それだけのことでもあります。

ただ、現場に立つ人間として、私はこの44年という数字を軽く扱えません。

第4回では、明治15年に幼稚園の2層構造が生まれたことをお話ししました。第9回では、要領の対象が幼稚園だけになりました。そして昭和39年から40年にかけて、文書の形式にも差が生まれたわけです。




「養護と教育を不可分一体」という言葉の始まり

最後に、この時代に生まれたもう1つの言葉をお伝えします。

研究には、こうあります。


保育内容が6領域に示されたことで小学校以上の教科と同様に扱われることが多くなり、保育所の保育、つまり福祉的要素とますます離れていくことになったと考えられている

この時期、同じ就学前の子どもが、幼稚園と保育所で二元化された保育の課程をたどるのはおかしい、という議論が活発になります。

これに応える形で、昭和38年 10月、文部省と厚生省が連名で「幼稚園と保育所との関係について」を通達しました。前回の第9回でお話しした、あの通達です。『学制百年史』には、保育所の4・5歳児も幼稚園教育の趣旨に沿って教育がなされるべきことなどを通達した、と記されています。

さらに8年後、昭和46年(1971年)。中央児童福祉審議会が「保育所における幼児教育のあり方について」という意見を出します。そこには、こう書かれています。


幼稚園は短時間の保育時間であり、その後は母親の養護を受けることができるのに対し、保育所は長時間にわたり、母親にかわって養護と教育を不可分一体としておこなわなければならない

「養護と教育を不可分一体として」。保育の世界で働く方なら、聞き覚えのある言葉だと思います。

平成20年の保育所保育指針の解説書には、保育所は養護と教育を一体的に行うことを特性とする、と書かれています。今の保育所保育指針のいちばん根っこにある考え方です。その言葉は、昭和46年にはすでにあったのです。

幼稚園教育要領は告示になり、6領域の性格が明示された。一方で保育所の側は、「養護と教育の不可分一体」という自分たちの言葉を手にしていった。

分かれていた2つの道が、それぞれの言葉を育んでいった時代だったと言えます。




今日のまとめ


  1. 昭和39年 3月 23日、文部省告示第69号。幼稚園教育要領は改訂され、小・中・高校と同様、文部省告示をもって公示されました。手びきから基準へ、性格が変わりました

  2. 6領域は変わりませんでした。しかし、小学校以降の教科との誤解を避けるため、各領域に示す事項は「相互に密接な関係があり、幼児の具体的、総合的な経験や活動を通して達成されるもの」と、その性格が明示されました

  3. 「望ましい経験」から「ねらい」へ。具体的に書きすぎると教師主導の保育になる、という懸念への答えでした。今の要領が「ねらい」と「内容」で構成されているのは、ここから始まっています

  4. 翌年 8月、保育所保育指針が策定されました。ただしこれは厚生省の局長通知で、あくまで参考とするものでした。告示になるのは、およそ44年後の平成20年です


ひとことで言うと、こうなります。

昭和39年、幼稚園教育要領は告示となり、基準になった。同時に、領域が小学校の教科と誤解されないよう、その性格が書き込まれた。そして保育所保育指針が告示になるまで、44年かかった。




次回は平成元年、6領域から5領域へ

次回の第11回は、平成元年(1989年)です。6領域から5領域へ。このシリーズの大きな転換点になります。

音楽リズムと絵画製作がなくなり、「表現」が生まれます。社会は「人間関係」になり、「環境」という領域が登場します。

そしてこの改訂で、いちばん大事な言葉が入ります。「環境を通して行う教育」です。

覚えていらっしゃいますか。第6回でご紹介した倉橋惣三先生の考え方です。大人がすることは、教え導くことではなく、環境を構成すること。そして第8回の学校教育法第77条、「幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長する」。

大正6年に恩物を籠に入れた人の思想が、72年後に要領の基本として据えられることになります。




収録を終えて

撮影を終えて、改めて思ったことを少しお話しさせてください。

「ねらい」と「内容」という今の形は、こういう経過から生まれたものなんですね。幼稚園教育要領が告示になったのは1964年、オリンピックの年なので覚えやすいと思います。そしてその翌年に保育所保育指針が初めてできて、このときはまだ手引き、つまり通知でした。

私が今回いちばん印象に残ったのは、一度は「望ましい経験」として具体的に書いていた、という点です。ただ、具体的に書きすぎたことで、それをやること自体が仕事のゴールになってしまったのではないか。だからこそ「ねらい」という言葉に変わっていったのだと思います。

難しいところです。保育所保育指針についても、抽象的すぎて何をしてほしいのか分からない、という声は少なからずあると思います。

キャリアアップ研修をしていると、そもそも指針を持っていない、という現状に出会います。なぜかと聞くと、普段の保育が忙しい。読んでみても抽象的で、保育の中にどう落とし込めばいいのか分からない。今の保育の場面と指針がつながらない、ということなんですね。

具体的に書けば、たしかにつながりやすくなります。でも一方で、「それをやればいい」になってしまう。だから抽象度を上げて、幅を持たせているのだと思います。

高速道路にたとえると分かりやすいかもしれません。

ねらいと内容は、ガードレールのようなものです。どこへ行ってもいいわけではなく、まずはこの方向に進んでくださいね、という方向性を示しています。ただ、その中には車線が3車線、6車線とあって、子どもの状況やそのときの場面に合わせて、どの車線を走ってもいい。目的地は、子ども自身の最善の利益です。

これを具体的に書きすぎると、1車線の道になってしまいます。やり方が限られてしまうわけです。

ですから私は、抽象度が高いことは現実に即していると思っています。ただ、それが日々の業務と結びつかないことが、やはり難しいところなのでしょう。

だからこそ、抽象的な表現を「これは保育の現場で言うと、こういうことなんだよ」「幼稚園の現場で言うと、こういうことなんだよ」と翻訳する役割が、とても大事だと思っています。それも1つ1つを解説するのではなく、読み解き方そのものをお伝えしていく。その間をつなぐ役割が必要なのだと思います。

保育所保育指針は保育をするうえでの考え方の土台であり、幼稚園教育要領は幼稚園で教育をする際の基準です。どちらも告示になっていますから、最低限守らなければならないものです。

だからこそ、まずは判断の基準をそこに置くことが大事だと考えています。そうしないと、個人の価値観どうしのぶつかり合いが起きてしまいます。保育の仕事は、個人の価値観が出やすい職場です。それを避けるためにも、指針や要領に考え方の基準を置いていく。それが正しい姿だと思います。


このシリーズのこれから

保育所保育指針・幼稚園教育要領・こども園の教育・保育要領は、いま次の改定に向けて議論が進んでいます。8月に公表された取りまとめ案の中身は番外編①の動画で、2026年 11月 5日まで受け付けているパブリックコメントについては番外編②で解説しています。

次回、第11回の平成元年は少し先になりますが、引き続きお付き合いください。




「指針や要領が、日々の保育とつながらない」と感じている園長・主任の先生へ

昭和39年に「望ましい経験」が「ねらい」に変わったのは、具体的に書きすぎると、それをやること自体が保育のゴールになってしまうからでした。ただ、抽象度が上がった分、指針や要領を読んでも日々の保育とどうつながるのかが見えにくくなっています。

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